【解説】NEXCO中日本の障害に学ぶ運用保守の価値提供とは
はじめに:その対応は「やり切った」と言えるのか?
2025年にNEXCO中日本で発生した障害は、高速道路という社会インフラを利用する多くの人々の行動に影響を与えました。近年は、高速道路の料金支払いは「スマート化」の名のもとETCシステムでスピーディに行われています。日々システム運用保守に携わっているITエンジニアの皆様は、「類似の規模の障害がもし自分の現場で同じことが起きたら」と想像した方も多いのではないでしょうか。こうしたニュースに触れると、特にITエンジニアはどうしても「原因は何だったのか」「どれくらいで復旧したのか」といった点に注目してしまうのではないでしょうか?
もちろんこれらの観点に注目することは大切ですが、今回のストーリーでは技術的な話は一旦脇に置きたいと思います。加えて、運用保守の現場では長年、「どれだけ早く復旧できたか」が評価の中心に置かれてきました。しかし、本当にそれだけで良いのでしょうか。
システムが復旧したとしても、利用者が混乱し続けたり、実際のエンドユーザへ対応しなければならない現場が疲弊しきっていたり、関係者の信頼が損なわれていたとしたら、その対応は「成功」と言えるでしょうか。
本記事では、NEXCO中日本の障害を題材に、運用保守の仕事は何をもって価値を生むのかという視点で整理していきます。
第1章:「復旧した=OK」では測れないもの
障害対応において、復旧はもちろん重要です。
サービスが止まったままであれば、利用者は何もできません。ただし、復旧はあくまでスタートラインに戻っただけとも言えます。
重要なのは、その過程で「何が起きていたか」です。
例えば次のような状況を考えてみてください。
- 復旧はしたが、顧客へ状況説明が遅れ、エンドユーザーへが判断に困った。
- 内部で情報共有がうまくいかず、対応が二転三転した。
- 一部のメンバーに負荷が集中し、判断ミスのリスクが高まった。
これらはすべて、復旧時間だけでは見えない問題です。
特に、NEXCO中日本の件において、エンドユーザーへの払い戻し対応などについて多くの議論がされました。
確かに高速道路という特性上、ある地点まで到着時間を保証しているわけではありません。渋滞が起きて目的地到着が遅れても返金はされません。自動車専用道を使用した対価に対して、高速道路料金を払うものですので、一度高速道路に入ってしまえば返金はされないと考えるが正しいです。ただし気持ちは別です!
話をシステムに戻します。SLA的には、システムが正常に稼働し始めた瞬間(時刻)を復旧としている場合が多いので、この時点で解決です。
ただし、このような要素こそが、利用者や関係者にとっての「体験」を大きく左右します。
目に見えそうで見えなかった、ヒヤリハット的な要素が、顧客・エンドユーザーへの価値提供の質を左右します。つまり、障害対応は単なる技術作業として捉えるのではなく、サービス全体をどう維持するかという活動なのです。
第2章:運用保守が守るべき「本当の価値」
運用保守の仕事は、「システムを動かすこと」だけではありません。
その先にある「利用者の行動」や「社会の仕組み」を支えることに本質があります。例えば高速道路であれば、
- 利用者が安心して移動できること
- 予定通りに物流が流れること
- 社会全体の信頼が維持されること
これらが守られて初めて、サービスとしての価値が成立します。障害が発生したとき、運用保守はこの価値を完全に維持することはできない可能性があります。
しかし、「どこまで守るのか」「どの影響を最小化するのか」を考え続けることが求められます。そのためのBCP計画の作成。
障害発生時には、単にシステムを直すだけでなく、
- どの情報を優先して伝えるか
- どの機能を先に復旧させるか
- 利用者が代替行動を取れる状態を作れているか
といった判断が重要になります。今回の障害の問題点は、ETCで障害が発生した際に復旧判断が現場手動となってしまい、対応した人によって差分が出てしまい、限定的な体制での初動対応となった可能性があります。今回の障害の再発防止策として、本部体制の構築を行い、指揮命令を明確にする対応策が取られています。
第3章:障害対応は「一人の仕事ではない」
大規模な障害になるほど、関わる人は増えていきます。
- 社内運用チーム
- 社内開発チーム
- 外部ベンダ
- 実際の現場で対応するスタッフ
- エンドユーザー
これらの関係者が、それぞれ異なる立場で状況を見ています。ここで問題になるのが、「見えている情報のズレ」です。あるチームでは重大と認識されていることが、別のチームでは軽く見られている、ということは珍しくありません。このズレを放置すると、判断が遅れたり、誤った対応が取られたりします。
だからこそ、運用保守には「情報をつなぐ役割」が求められます。
- 現場の状況を正しく伝える
- 制約条件を共有する
- 見通しを曖昧なままにしない
これらは地味な作業ですが、結果として障害の影響範囲を大きく左右します。
では、これらの認識齟齬を埋めるためにしなければならいないことは、連絡体制の構築と障害発生の定義です。
再発防止の資料を見ると、障害検知のやり方と障害発生の時のエンドユーザーへの情報拡散のやり方、本部体制、連絡体制の構築、そして広域的なETCシステム障害の定義として「システムの不具合により同一時間帯に複数の料金所で、ETCレーンに障害が発生している。」としています。
何が起こったら大規模障害なのか、実際に大規模障害発生した時の連絡体制と指揮を取る本部体制を決めることで、障害に際して”組織”として取り組むことができます。
第4章:正解がない中での判断基準
障害対応の難しさは、「これが正しい」という答えがないことにあります。
- スピードを優先するか、確実性を優先するか
- 一部機能だけでも復旧させるか、全体を待つか
- 現場判断で進めるか、承認を待つか
どの選択にもメリットとリスクがあります。このような状況で重要になるのは、「何を基準に判断するか」です。例えば、
- 利用者への影響が最も小さくなる選択はどれか
- 後戻りできる余地を残しているか
- 情報が不足している場合、どこまで仮説で動くか
こうした視点を持つことで、判断の質は大きく変わります。
ただし、障害発生時にこれらの判断をしていては、組織として復旧作業をしていく際に対応がチグハグになってしまいます。そこで、重要なのが障害発生時に備えた訓練の実施です。あらかじめ障害が発生した時の状況などを「障害シナリオ」として整理し、復旧をする訓練を実施します。訓練を実施した結果、連絡体制の不備であったり、フォールバックポイントの確認、優先的に復旧させる機能とそうでない機能が改めて浮き彫りになります。また、運用保守メンバのスキルについても整理することで、実際の作業のペアを誰と組ませるのかの作業品質の安定化や実際の体制についても議論ができれば理想的です。
今回のETCの障害において、反省を生かし連絡体制の見直しや障害の定義についてまとめられていますので、ご自身で担当されているシステムではどうなのか、再度検討や確認をお願いします。
第5章:次に活かせるかどうかで価値が決まる
障害は発生しないことが理想ですが、完全に防ぐことはできません。
だからこそ重要なのは、「次にどう活かすか」です。
- なぜ判断が遅れたのか
- どこで情報が途切れたのか
- どの対応が効果的だったのか
これらを振り返り、仕組みとして改善できるかどうかが、運用保守の成熟度を左右します。
単なる反省ではなく、再発防止や対応力向上につながる形で整理することが重要です。
この積み重ねが、次の障害時の対応力を大きく変えます。
これらの点を踏まえて、再発防止の資料を見ると大きく反映されているように見えます。
例えば、約款の位置付けの確認です。当初は自動車専用道路を使用したことによる使用に対する対価を払うことで、基本的にエンドユーザは料金は支払わなければならないという立場は一貫しています。そのため、いくら渋滞が発生しようが、渋滞の発生による遅れは高速道路側の瑕疵ではないため、基本的に返金はありません。ただし、今回のようなETCが原因によるサービス価値が十分に提供できない事案については、個別の事案を調査し返金の有無を対処していく記載があります。
また、今回の障害の対処が遅れた原因として、連絡体制が不十分だった点が挙げられます。
その点に対して、体制の構築を再発防止として掲げています。
内部の詳細な振り返り等は公表はされていないため、「なぜ判断が遅れたのか?」、「情報の連絡不足」、「本来あるべき姿」は分かりませんが、今一度ご自身がご担当されているシステムについての連絡体制などを振り返ってはいかがでしょうか?
おわりに:運用保守は「最後に残る仕事」
システムはどれだけ高度になっても、最終的にそれを支えるのは人です。
そして、その最前線にいるのが運用保守です。
障害が発生したとき、利用者にとって見えるのは「結果」だけです。
しかし、その裏側では多くの判断と調整が行われています。「復旧したから終わり」ではなく、
「その対応で何を守れたのか」を考えることが、これからの運用保守には求められます。
参考文献
NEXCO中日本(2025).
広域的なETCシステム障害発生時の危機管理検討委員会.
https://www.c-nexco.co.jp/corporate/pressroom/2025_crisis-management_etc
,(参照2026-04-05)
東日本高速道路株式会社,中日本高速道路株式会社,西日本高速道路株式会社(2025).
再発防止策.
https://www.c-nexco.co.jp/corporate/pressroom/2025_crisis-management_etc/pdf/2025_crisis-management_etc08.pdf (参照2026-04-05)